連載コラム「農薬編」

第3回「農薬の光と影」

連載コラム第2回目では、私たちの生活に身近な“農薬”について、蚊取り線香や種無しブドウを例に挙げてお話しました。第3回目は、農薬が私たちにもたらしてくれる恩恵と、私たちの生活を脅かす部分についてお話したいと思います。

「農薬の恩恵」

農薬の恩恵の1つに、“食料の安定供給”が挙げられます。あくまでも試算の一例ですが、2019年に欧州議会研究サービスのScientific Foresight Unitから、農産物の収穫量について、以下のような試算結果が報告(※1)されています。
“農薬などを使用して農産物を保護しない場合、収穫量が大幅に減る。具体的には、 小麦が19%、米が32%、とうもろこしが33%、それぞれ収穫量が減少する。”

小麦

農薬を使用しない農作物の栽培は可能であり、実際に無農薬栽培の農産物は市場に出回っています。しかし、農業従事者を取り巻く環境は年々厳しさを増し、人手不足、人件費高騰によって、限られた労働力での省力化やコスト削減が要求される中、広大な農地の草取り、害虫駆除が現実的に可能でしょうか?
仮に人手をかけて草取りを行い、農薬を使用しないで害虫の一部を駆除する場合、人件費の増加は避けられません。加えて、(試算通りの)収穫量の減少が現実になった場合、見えてくる未来は「農産物の大幅な価格上昇」です。
世界各国の中でごく一部の国では飽食と言われ、食品ロスが社会問題となっていますが、日本もその国の一つです。多くの農産物を輸入に頼っている私たちですが、日常の食生活は適切な農薬使用による、食料の安定供給によって成り立っていることも忘れてはいけない事実です。

農薬の脅威

1962年、「農薬の脅威」について、世界的に強烈なインパクトを与えたのが、レイチェル・カーソン著の「沈黙の春」ではないでしょうか。特に、本著の第8章の「そして、鳥は鳴かず(原文 And No Birds Sing.)(※2)」では、ジョンズホプキンス大学大学院で動物学を研究した著者が、強力な化学薬品(ここでは、DDTなどの有機塩素系農薬)の使用による生態系破壊の様子を、日常の動植物の様子の“変化”を通じて細かく描写しています。 ”ニレの木に農薬を過剰使用したことによって、鳥が大量死して、春になっても鳥が鳴かない”という現象が、実際に起こっています。

ニレの木

また、海外から輸入された食品が国内の検疫所で検査され、残留基準値を超えた“違反事例”が見つかることは決して珍しくありません。2021年度は、農薬関連の違反事例だけでも100件以上報告されています。だからこそ、食の安全を守るために“残留農薬検査が必要”と私たちは考えています。

(こぼれ話)
「DDTについて(※3,4)
コラム中でお話ししたDDTは、第2次世界大戦後、我が国でも発疹チフスを媒介する衛生害虫「シラミ」の駆除に大きく貢献しています(身体中が真っ白になるくらい、DDTの粉を人体に直接噴霧された時代もありました)。
しかし、自然環境中で分解されにくく、体内に入ると脂肪組織に蓄積されるため、一旦、食物連鎖に取り込まれると、生物濃縮が起こり、高次捕食者(クジラ、アザラシなど)の体内に高濃度で蓄積することが分かってきました。さらに、コラム中でも紹介した「沈黙の春」の中で、DDTなどの有機塩素系殺虫剤が生態系への悪影響を訴えたこともあり、世界中で使用禁止の流れができ、日本でも1971年5月に製造、販売、及び使用が禁止されています。
一方では、アフリカをはじめとする、熱帯地方の人々は「DDT」を必要としています。それは年間に数億人が感染し、100万人が命を落とす「マラリア」の防除に欠かせないからです。「マラリア」の感染予防には、マラリア原虫を媒介するハマダラ蚊の防除が必要ですが、高い防除効果を持ち、且つ安価な「DDT」の代替薬剤がないことから、使用され続けているのが現状です。WHOでも、2006年9月にマラリアを制圧するために、DDTを屋内使用に限定して有効活用することを勧告しています。
農薬や殺虫剤は、一律に使用禁止にすれば全て解決、というわけではない点、用法、使用量を守り適切に使用することで人命を守るケースがある点も、私たちは知っておくべきではないでしょうか。
(出典)
※1 「Farming without plant protection products Can we grow without using herbicides, fungicides and insecticides? (除草剤、殺菌剤、殺虫剤を用いて植物防除を行わないで  農作物の栽培が可能なのか?)」 European Parliamentary Research Service(欧州議会研究サービス) Scientific Foresight Unit (STOA) PE 634.416 – March 2019
※2 「沈黙の春」 レイチェル・カーソン著/ 青樹簗一訳(新潮文庫)
※3 厚生労働省ホームページより「マラリアファクトシート
※4 内閣府ホームページより「マラリアについて
➡当社ではDDTなどの有機塩素系殺虫剤の残留検査も受託しています。ぜひお問い合わせください。