1976年3月23日 「褐色の恋人 スジャータ」誕生秘話
昭和50(1975)年、創業者である故・日比孝𠮷はある機械メーカーからコーヒーフレッシュ「ミニテトラ」の開発を勧められました。しかし当時は粉末タイプのコーヒーフレッシュが全盛期であり、液状のコーヒーフレッシュが一般家庭で受け入れられる確信はありませんでした。
導入には乗り気でなかったにも関わらず、その後もなぜか「ミニテトラ」が気になりました。
「小型容器に入ったコーヒーフレッシュがあれば、きっと便利になるだろう。一般家庭にも徐々に浸透してくだろう。喫茶店の味をご家庭で味わっていただだきたい。」そう強く思うようになったことから、昭和51(1976)年元旦、思い切って設備導入・開発を決断しました。
通常、半年はかかる海外製の設備導入がその半分、約3カ月で手配可能となり、異例のスピードで商品化にこぎつけました。
発売日は孝𠮷の母・きくのの命日に合わせ「3月23日」となりました。
当時CMに起用した藤山一郎氏
日本初の家庭用スジャータは18mlのミニテトラパックで、コーヒー2~3杯分の分量でした。これでは、1人でコーヒーを飲むときに余ってしまうため、一人用を望む声が寄せられました。
発売当初から一人用のポーション容器を無菌充填できる機械を探し、翌年からは現在の容器、ポーションタイプに切り替えました。
「スジャータ」名前の由来などもっと知りたい方は
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